1 歩行能力が低下していたIさんとの出逢い
私が作業療法士として訪問リハビリの仕事をしていた頃に担当していた、印象的だったIさんとそのご家族との出来事を書きたいと思います。
Iさんは80歳代女性、腰部脊柱管狭窄症があり、整形外科病院へ外来リハビリに通っておられましたが、歩行能力の低下によって通院が難しくなり訪問リハビリに切り替えることになった患者さんでした。
Iさんは旦那さんと二人暮らし。訪問リハビリに切り替えた当初は「家が散らかっているから、人が来るのは嫌だ」と受け入れはあまり良くない様子でした。
ですが、別居の娘さんから「リハビリは続けて欲しい」との要望と、ケアマネージャーの勧めもあり訪問リハビリ導入に至りました。
また、娘さんは仕事をされており多忙で、ご両親の食事の準備や掃除・洗濯の介助が十分にできず、訪問ヘルパー導入も希望されていましたが、やはり「人が来るのに抵抗がある」との理由で本人が拒否的で導入には至っていない状況でした。
2 訪問リハビリスタート
外来リハビリを担当していた理学療法士から、お話好きでユーモアのある患者さんだと伺っていたので、初回訪問時は、身体的な評価を行いながら会話の時間も多く設けることを意識しました。
お話しているとテレビ観賞がお好きで、芸能人のゴシップネタなどに詳しいことが分かり楽しそうにお話される様子が印象的でした。
身体的には腰部の変形が進み立位バランスが悪くなってきており、伝い歩きでの移動がやっとの状況で家事動作に加えお風呂や着替えなど、ご自分の身の回りのことにも介助を要する状態になってきていました。
Iさんの旦那さんは身体的にはお元気でしたが、認知症の初期症状がみられており、Iさんご夫婦の在宅生活を維持するため訪問ヘルパーの導入も急いだ方が良いと感じました。
3 信頼関係の構築
数回訪問を重ねるうちに訪問リハビリの受け入れはスムーズに進み、訪問する日を楽しみにされている様子が伺えました。
リハビリ中に身体に触れながらお話をしているとリラックスできる様子で、徐々に本音を話してくれるようになり、訪問ヘルパーを拒否している理由を聞くことができました。
「身体が思うように動かなくて悔しい。家のこともやりたいのに出来ず、散らかり放題よ。そんな情けない姿を人様に見せるのは恥ずかしい。リハビリを頑張ったらまた動けるようになると思って、ヘルパーさんはまだいいって言ってるの。」
Iさんの本音を聞いて、まずは気持ちに共感しつつもリハビリの効果を出すためにも生活環境を整えることが大切であることを伝えました。
この頃のIさんは、娘さんの訪問がある日は食事の準備をしてもらい食事が摂れていましたが、娘さんが来れない日は食事を抜くこともあり、やせが進行し低栄養状態になっていました。
低栄養状態だと適切なリハビリを行っても筋力を維持、向上させることが難しく、逆に体力を消耗させてしまうことになりかねません。
また、自宅内が散らかっている状況だと転倒リスクが高まり、入浴が十分に出来ていないことで清潔が保てず感染リスクも高まってしまいます。
それらのことを分かりやすい言葉でお伝えし、リハビリの効果を出すために訪問ヘルパーさんの力を借りて環境を整えてみてはどうでしょう、と提案すると「そうね、恥ずかしがってたらダメね。ヘルパーさん、お願いしてみようか。」と受け入れて下さいました。
4 Iさん夫婦を支える在宅チーム結成
速やかに担当ケアマネージャーに連絡し、Iさん宅に訪問ヘルパーが導入することになりました。
これを機にIさんの旦那さんも要介護認定を受け、ご夫婦で介護サービスを受けられることになり、娘さんは大変ほっとされた様子でこれまで予想以上に介護負担がかかっていたことを実感しました。
娘さんとはなかなか顔を合わす機会がありませんでしたが、Iさんのご自宅に「連絡ノート」を作り、娘さん・ケアマネージャー・訪問ヘルパー・訪問リハビリの担当者がそれぞれ訪問時の様子や支援内容、気付いたこと等を書き込むようにしました。
交換ノートのような役割を果たし、それぞれの担当者の結束を深められた気がします。
Iさん夫婦を支える在宅チームが結成され、訪問リハビリも軌道に乗り始めた時期でした。
これから、Iさん夫婦の在宅生活の立て直しが始まります。