現場の介助者から見る高齢者のリハビリと、リハビリをしている高齢者自身の本音 | 現場にはやる気のある高齢者は沢山存在する
私自身、介助者として訪問マッサージ業務(リハビリ、マッサージ治療)を行ってきた中で、高齢者のリハビリには十分な効果があることは理解していましたが、それはあくまで客観的な視点からでした。
リハビリを行うご本人、およびご家族のお話をお聞きして、リハビリの効果の程度が分かることもありましたが、リハビリ業務を行っていく中でより率直な意見や感想を知る必要があると考えるようになりアプローチを開始しました。
その結果、島田とみ子さんの著書「転んだあとの杖ー老いと障害とー」が目に留まりました。
本書は元新聞記者である69歳の島田さんが、転んで (膠原病のステロイド剤服用からくる骨粗鬆症、第四腰椎の圧迫骨折) 歩行困難に陥ってから、突如始まったリハビリに関する現実や心情を率直に綴った体験記でした。
島田さんが69歳~73歳のときに体験したリハビリに対する身体の反応と心情、高齢者のリハビリに関わる医師や理学療法士、病院、施設の実際について、ご家族の支えについてなど、リハビリの体験者として感じたことが細かに記されています。
その島田とみ子さんのリハビリ体験記「転んだあとの杖」から内容を引用させていただき、高齢者のリハビリの効果、高齢者の回復力と適応力、という観点から私自身のリハビリの介助者としての経験を照らし合わせてここに記載していきます。
高齢者(島田さん)が歩行困難になった発端と要因 | 実社会でも非常に多い高齢者の転倒と骨折
引用元 : 島田とみ子『転んだあとの杖ー老いと障害とー』
(未来社・7頁5行目以下・17頁10行以下・168頁8行以下)
ところが三年前の69歳の夏、思いがけぬ大型の転びをやってしまい、歩行不能に陥った。(中略) さまざまな検査の結果、私の障害の理由がようやく明らかになった。
1 第四腰椎の圧迫骨折で歩行困難がおきた。2 高度の骨粗鬆症が進んで、骨が非常にもろくなっており、圧迫骨折の原因である。
(原文ママ)(中略)
知らぬ間に進んでいた体の老化、特に薬の副作用によって進んだ骨粗鬆症のこわさを、痛切に感じた。
”転ぶ”という言葉が笑い話のように使われることがあるが、老年世代にとっては、転ぶことは生命の危険をもたらす。(中略)聞いてみると、ちょっとした不注意から転んで不自由な身体になったという例が多い。老年世代はそれぞれに転ばない生活の知恵をもっているはずである。
島田とみ子『転んだあとの杖ー老いと障害とー』
普通の歩行ができず、床をいざって移動するみじめさは身にしみた。
島田さんは著書の中で、転倒し骨折した原因として、膠原病の薬による骨粗鬆症を上げています。
私自身が、患者からマッサージ治療やリハビリの依頼を受ける際に、転倒した、骨折した、と聞くことは頻繁にあります。
ともかく環境や状況がなんであれ、高齢者は、まず転ばないことが非常に重要です。転倒によるデメリットはあまりにも大きいものです。
歳を重ねてから転倒すると重篤な歩行障害が残る、もしくは歩行ができなくなる、そして人は歩けなくなると身体が著しく衰弱してしまうという現実があります。
転んだ島田さんも、とにかく転ばないことの重要性を強く記されています。
高齢者の回復力と適応力
引用元 : 島田とみ子『転んだあとの杖ー老いと障害とー』
(未来社・10頁16行目以下)
健康なときに、自由に動き回っていた自分の姿が恋しかった。(中略)そんな日々にもリハビリ訓練は効果をあげた。杖をついて歩ける距離は日毎に伸びていく。
もとの身体には戻れないという諦めをかかえながら、自分の体にはまだ回復力が残されていることを痛感した。
私にとってそれは奇跡であった。老化の進んだ手足、胴体、腰のすべてを強く、繰返し動かし続けたリハビリの運動療法が、こんなに確実に私の体を復活させたのに、自分で驚くばかりであった。
72歳という老いの入口に立って、自分の回復力がまだ充分に貯えられているということに、深い喜びを味わった。
「70を過ぎていると回復は望めませんよ」とすげない言葉を吐いて、私を失望させた医師もあった。ところが、リハビリの自主トレや、毎日の散歩という歩きを続けていくうちに、歩ける距離はさらに伸びていった。日常の生活動作も、できる範囲が広がった。
島田とみ子『転んだあとの杖ー老いと障害とー』
夫は「君は回復力がかなりある方だね」とつぶやいた。彼は常に私を観察して、どこまで直るか、を見ていたのだろう。(原文ママ)
上記は、当時70歳になってからリハビリを継続して行っていた島田さんの言葉です。
私自身も、何人もの高齢者のリハビリを介助してきた経験から、人間の体は70歳、80歳、90歳になっても間違いなく回復する力を持っているということが言えます。
私と一緒にリハビリを行ってきた、80代、90代になる方々が、リハビリを行っていくうちに、歩行距離が伸びてく方や、立ち上がり運動の回数が増えていく方は当たり前のように沢山おられます。
東京都:脳梗塞後(80代・男性)
私が担当している、ご自宅で療養されているある患者は、ベテランの看護師に「もう先が長くないかもしれない」という旨をはっきりと伝えられたことを私に教えてくれました。
しかしその患者は、その後何年も私やご家族とリハビリを継続して行い、安定した状態でリハビリと会話を存分に楽しまれています。
また、その患者は、あまりやる気のない理学療法士が行うリハビリの最中は、少々ボケた高齢者を演じるという遊びのようなこともやっておられます。
私がこの患者に対して行うリハビリでは、できるかできないかのギリギリのメニューや、きつめのメニュー、時折、普段やらないメニューをやることにより、患者は明らかなやる気と緊張感、楽しんでいる様子が見られました。
患者は、自分のリハビリの担当者がやる気があるのか、やる気がないのかを、よく見ている、感じとっていると思います。
そして、リハビリの担当者のやる気があれば、高齢者である患者も、追いつき追い越せという状態になります。
リハビリの担当者のやる気のある無しで、高齢者のリハビリの内容と会話の内容は正反対のものになります。
周りの人間が、高齢者の適応力を呼び覚まします。周りの人間がおかしな先入観を持たなければ、多くの高齢者の適応力は発揮されます。
良い意味で負けず嫌いな方が多いです。
現場では、それほど高齢者の回復力と適応力は強く、分からない部分も多いと感じています。
(上に記載した患者は、とにかく会話をすることや冗談を言うことが好きで、リハビリに対する気持ちも非常に積極的で粘り強いというところが回復と安定に影響を与えているように思います)
在宅医療、介護の現場では、1つの運動、1つの動き、1つの会話が物理的に患者に与える影響が非常に大きなものになっていきます。
次のような方もいらっしゃいます。
専業主婦として生活している間は運動とは無縁でしたが、高齢者と言われる年齢になってから陸上競技を開始して多くの記録をつくられている方もおられます。
高齢者と言われる年齢になってから、エベレストに登頂したプロスキーヤーである三浦雄一郎さんのように大きなスポットライトはあたっていないかもしれませんが、きわめて高い運動能力や運動神経を獲得、保持している高齢者は各地域に沢山いらっしゃいます。
リハビリや運動による効果は、限られた人間 (限られた年齢層やアスリートだけ) のものではなく、誰がやっても効果が得られるというのが実際です。
こういった実例を上げずとも、高齢者 (現代で高齢者と言われる年齢層の方々) には強い回復力が備わっていることは間違いありません。
その回復する力は、身体と脳を使えば使うほど発揮されるようです。
高齢者にとって効果的なリハビリのメニューとは
引用元 : 島田とみ子『転んだあとの杖ー老いと障害とー』
(未来社・44頁7行目以下・53頁4行以下)
理学療法士のJさん (女性) を紹介して下さった。
Jさんの私に指示した運動療法のメニューは、慶応のセンターで習ったこととほとんど同じだった。三キロの砂袋を足首に結びつけて50回の両足上げ、椅子からの立ち上がり、立ち上がって一分間の静止三回、それから60メートルの一直線でのトラックの歩行練習等である。
両足上げや立ち上がりなどはすっかりなれて、これが私の脚力や体力をつけていくのをすこしずつ自覚していった。それは私の歩行距離が毎日次第に伸びていくことでわかった。
島田とみ子『転んだあとの杖ー老いと障害とー』
高齢者が骨折後などに行う実際の効果を求めたリハビリメニューは、どこへ行っても、どの資格者 (理学療法士、作業療法士、あん摩マッサージ指圧師など) が行っても、基本的には同じメニューとなっています。
立位保持能力の獲得、歩行能力の獲得を目的とした効果を考えたリハビリメニューは、下記にあるように非常にシンプルで地道なものが多いのが実際です。
そういった事情から、どこへ行っても、どの資格者が行っても、基本的には類似したメニューとなります。
➀ 椅子に座り、足首に0.5キロ~3キロ程度の重りをつけて10回~50回程度、左右の足を腰の高さまで上げ下げする。
➁ 立ち上がり訓練(スクワット)10回~50回程度。
➂ 自立した状態、介助ありの状態で立位保持訓練を行う。10秒~5分程度。応用として片足立ちなどバランスを意識した訓練を行う。
➃ 手すりや平行棒につかまりながら横歩きを10メートル~30メートルほど行う。
➄ 室内、または屋外の歩行訓練。できるだけ多く歩く。
これらのメニューを、体調や痛みを把握しながら繰り返し行っていくことで確実な効果が得られます。無理のない範囲で継続することが大切です。
上記の基本的なリハビリメニューにあわせて、基本的なストレッチ、関節可動域訓練、ROM運動、足の指のトレーニングを行うとより効果的です。
リハビリに近道はありません。近道はありませんが、基本的なリハビリを行っていくだけで、リハビリをする当事者の想像を超えた効果を生むことが多いようです。
世間では、特に脳梗塞後遺症などのリハビリにおいて「維持期に入った麻痺側の機能が回復する」などとうたう民間事業所の理学療法士や、国立大の医師などが行う実態のよくわからない手技療法が非常に多く存在しています。
しかし、巷では、今のところ外部からの刺激によって維持期に入った麻痺側の機能を現実的なレベルまで回復させた特別なリハビリや運動療法は存在しません。
こういった民間のリハビリで、麻痺側が回復したという話はいい加減なものしか聞いたことがありません。
元々、リハビリや運動をほとんどしていなかった脳梗塞後遺症の症状をもつ患者が、久しぶりにリハビリや運動を行った結果、麻痺側が本来の動きに戻っただけ (当たり前に少し動くようになっただけ) というのが本当のところです。
昔から商売、商法 (リハビリの本やDVDなども販売) としてリハビリビジネスを行っている理学療法士なども大量に存在していますので注意が必要です。
何より、いい加減な民間のリハビリ療法に関わっている間に残存機能や体力が低下する、回復する機会を失う悪影響があります。
繰り返しになりますが、今のところ現代には、効果的なリハビリとして何か特別なやり方や近道は存在しません。
現時点で効果的なリハビリは、残存機能を存分に生かして、自らの身体の状態を把握して、繰り返し地道なリハビリを行っていくこと以外にありません。
リハビリを継続することの重要性 | 人間は死ぬまで運動・食事・睡眠のサイクルを繰り返す
引用元 : 島田とみ子『転んだあとの杖ー老いと障害とー』
(未来社・175頁4行目以下)
私は老いても、自分の体がはっきりと回復を目指していることを自覚している。それは毎日の生活のなかでいろいろな折に感じたり、発見する。
この動作がここまでできるようになった、と思う度に、人間の回復力を貴重で、頼もしいものと考えるのである。
老人の回復力は若い人よりおそいのは事実だろう。
しかし人間は死を迎えるまで、何ほどかの回復の力をもっていると私は思っている。
島田とみ子『転んだあとの杖ー老いと障害とー』
私が在宅医療、介護の現場でリハビリの介助を行っていても、上記の島田さんの言葉と重なる意見は沢山あります。
80代、90代の方々の歩く量や、筋力トレーニングの回数が増えることは当然のこととしてあることですが、要介護度が高い方にも、小さな回復と維持する力が見られます。
人間は、運動・食事・睡眠のサイクルで回復しますが、仮に一切の吸収 (食事) と回復をしなければ、それは死ぬことになります。
言い換えれば、生きている限り吸収し回復しているということになります。
どこかを動かし (エネルギーの消費)、何かを食べて (吸収)、休む (睡眠) ことで回復し、再び目を開けて話をしたり、考えたり、腕や脚を動かします (エネルギーの消費) が、このサイクルは要介護度5の90代の方にも当然あてはまります。
身体を動かす (エネルギーを消費する) ことで、吸収する量が少しでも増える。リハビリの原理です。
ある日ケアマネが、私が介入していた要介護度が高い患者を指して「回復していない。改善していない」と週に何度も私に報告してくるということがありました。
一方では、ご家族から「 (当院が介入してから) 明らかに(患者の)様子が違う。話す量が増えたし、動く量も増えた」と報告を受けました。
この患者の状態は、非常にゆるやかに衰えていっている状態にあり、その中で会話量が増えたり、時には強い力で運動を行う様子が見られました。
ご家族や私には、その違いがよく分かっておりましたが、いい加減なケアマネにはその様子がまったく理解できていなかったようです。
在宅で療養されている患者の状態に関しては、今現在の、調子がよいときの状態を維持している重要性をご認識いただく必要があると思います。
80代、90代で、ほぼ寝たきりの状態にある方が、何年経過しても大きな衰えがなく、元気に会話している状態であれば、これは当たり前に起こっていることではなく、ケアをしているご家族や関係者が手を尽くされている証拠です。
ほとんど自力で動くことができなかった患者が、週に何度かのリハビリを積み重ねていなければ、もっと早い時期から目に見えて衰えていった可能性が考えられます。
小さな回復を繰り返し、維持することはとても重要です。